「恐怖の多い生涯を送って来ました。」
――いわゆる「順列・組合せ」じゃないですが、 少々脚色をして、「恐怖もの」ならば幾通りでも「筋書き」が出来る道理です。
それは、おって「小説」にしていく(予定)として、自ら体験するのは(基本的に)厭ですが、他人の「恐怖体験」を聴かせてもらうのは、心が安らぎます。
ヒトというモノは「経験」の積み重なるにつれ、魂が傷付いてますので、無垢な頃の「ドーパミン(興奮)」より、「セロトニン(安らぎ)」系の倖せを求めます。
緩やかな「終活モード」とも云えましょう。
死ぬ間際になって「あれしたい、これしたい」では困りますから……。
前置きが長くなりましたが、先頃のことです。この日は、陽射しに春の兆しを感じます。
町内会にて、とあるお話を聞かせて頂く機会に恵まれました――佐々木和夫さん(仮名)という、ご高齢の男性。
「ありがとうね。」
そう云って、和夫さんは(町内会館の)ストーブの前に、やおら腰を下ろしました。
年に一度の「清掃活動」を行ったのです。もっとも、親睦会に近く、私も(偶には……)と思い、初参加しました。
主婦がたの作る「お汁粉」を啜りました。ストーブの火が、パチパチと爆ぜていました。
穏やかな空気の中で、私(を話し相手)に和夫さんがご自身の「体験」を語り始めたのです……。
――(既に)定年退職されてから長いものの、和夫さんはずっと「高校教師」をされていました。
そして彼が、(大学を卒業して)まだ教師に成り立てと云う、若かりし頃の話です。
当時は、まだ(現在のように)防犯システム等が確立されていません。そのため毎日、先生方が交代で、校舎に「宿直」として泊まり込むのです。
先輩教師から「そろそろ」と割り当てられ、この日は和夫さんの番となったのでした。
「ああ、さようなら。」
放課後の部活動を終えて、最後に校舎を後にする生徒を見送り、(ギギィッ……)彼は校門を閉ざしました。
とっくに陽が落ちて、暗闇が辺りを包んでいました。
そして「宿直室」へ身を向けると、……
「御苦労さん。」
同じく当直の、初老の教師がストーブに暖まっていて、和夫さんに云いました。焼いた餡パンを、和夫さんへ差し出しました。
夜明け迄、広い校内にいるのは二人だけです。
「ご馳走様です。」
温かい麺麭を、和夫さんは頬張りました。
寝泊まりしながら、粗毎時間(不審なモノはないか)校内を見回るのです。
宿直室(の座敷)で休み、深夜になって――。ふっと(揺すられ)布団に潜っていた和夫さんは、
「じゃあ、頼むわ。」
承知りました。起こされて、初老の教師と交代しました。
草木も眠る丑三つ時――。
座敷からは、もう鼾が聞こえます。和夫さんは懐中電灯を持って、ストーブの前から立ち上がりました。
最初の見回りに歩きます。
昇降口、廊下、教室の窓。電灯に照らされる、人気の無い学校のなか。
(ヒトが殺されても分からないな。)
そんな妙な事も想像います。見慣れた校内であっても、ゾクリとする。まあ、問題ナシ……。
彼が校舎の二階への階段を上りきった時です。
(ポゥっ……)
――と、廊下の向こうに(手元とは別の)明かりが瞳に映ったのでした。
M・I/ミートインダストリー(下)
わたしは、「三流ゴシップ誌」に記事を寄稿して、喰い繋いでいる――詰まらない売文屋だ。
ヤ〇ザの抗争、芸能スキャンダル、裏社会のウワサ……。いわゆる「アウトロー関係」で、(コンビニの雑誌棚でも)エログラビアに混じって見かけるだろう。
とある「情報源」から、こんなハナシを聞き付けた。
脛にキズをもつ者や、借金まみれ――。「健保」の支払いは疎か、病んでも「医者」に受診れない(事情のある)連中を、ツケや安い料金で診てやる医師がいると云う(真っ当な人物か定かじゃないが)。
「連絡先を教えてくれ。」
そして、「取材」は(特定情報を伏せるコトを条件に)すぐに実現した。寧ろ、話したがってる様子にも思えた。
名を、伊藤裕医師――(いや)元・医師か。齢三十の優男ふう。医業としての届け出も、……
「放棄ってるしさ。」
氏は(カンバンを取り下げた)診察室で、コップ酒を呷った。イイ男台無しの、明らかに「アルコール依存症」。
以下、かの医師の「現在」に至る顛末――。
猛勉強の末、医学部に進学んだカレは、「精神科医」として付属病院へ勤務めた。
ところが、線の細い気質に(目的感で)フタをして、「医者」に迄なったものの、神経は(確実に)磨り減っていた。
いつしか、酒に耽溺れるようになった。
日々の医療にも、支障を来した――。病院を辞めて、小さな「精神科」を開業いたが(コレも続かず)、内科から外科まで診療やる「ヤミ医者」をしている……。
と、氏の「医者」になった経緯――。そこを質問くと、ホトンド信じ難い「食肉加工工場」と、消えた「友人」の事件に及んだのだ。
――(家族は)帰宅らないボクを、警察ぐるみで一晩捜した。翌朝、「食肉工場」の植込みに(素っ裸で)倒れてるのを発見されたんだ。
森崎君は、……
『御両親の都合で転校しました。』
子供のボクは「腺病質」で、(小学校の教師も)頭を悩ませていた(らしい)。そんな意識なかったが――「伊藤クン」は、いつも一人ボッチなのです。
(ダレかと会話する様にしながら……)
『球投げしようぜ。』
遂には、素裸でブっ倒れてるなんて「異常行動」に至ったと云うワケさ。
「(ボク以外の)他人の理解では、ね」
――こうして、地元の「精神病院」へ連れて行かれた。
錠剤のおかげで、(日常生活を送りつつ)中学生になっていた。ある時、フトした恐怖に駆られて「探した」――。ない。小学校のアルバムに(転校したにせよ)見付からない、「森崎功」――という少年の(いた)足跡が。
『(オレたち)ずっと親友だよな。』
自分の記憶を確かめ、構成り直すために「精神科医」についた。目指したんじゃない、自分を診るタメ――。
伊藤医師は、また焼酎を呷った。
「そう、功クンなんて子は……。」
わたしは、今でも(伊藤医師の中で)二つの方向が鬩ぎ合ってると想像した。
自らを「診断」して、幼い時期の「精神疾患」を認識めての、現実的な悲しみ……。
もう一つは、夢想的に(それでもまだ)ある日――盤面がひっくり返るように、あの晩「食肉工場」から逃げ延びて、転校していたカレが、旧友を訪ねてくる……。
(ひさしぶり、裕。)
設備の老朽化により(とうに稼働を終え)、取り壊しと(その跡地は)マンション化の決まった「(かつての)食肉工場」。
解体業の一人が、(煙草に火をつけて)ガレキに臀部を下ろし、不図拾い上げた――白骨化した(小学生ぐらいの)足クビの様なモノ。
「きっと(野山の)サルの骨でも、」
犬ッコロが咥えてきたんだろう、ブルっとして放り投げた(しかし、どう見ても……)。
少子化により統合となった小学校の「旧校舎」も、(同時に)取り壊される予定。
生徒等の声も囁かない、ダレの目にも付かない(昇降口の)下駄箱のウラに、(古ぼけて擦れた)名前の記された、上履きが落ちている――「もりさきこう」。
M・I/ミートインダストリー(中)
児童の目の高さ、背の低さ、身軽さ故に見付かった(また実際に)通り抜けた――樹木とフェンスの隙間。
二人の少年が、ドキドキしながら「食肉加工工場」へ足を踏み入れます。
あたかも「異界の森」に迷い込んだ二匹の子兎(も同然)。
牛、豚、鶏――。(日没前は)いつもの食肉工場。辺りが暗くなると共に「もう一つの顔」を見せます。
怖ろしい「工場」の本性が(少年等へ)牙を剝きます……。
日の翳った薄闇に追いやられて、そろそろ進むと、加工設備が搬入口を開けています。
(かちゃん。)
と、外側からロックの掛かる(脱出られない)設計――。ドキン、と二人の心拍数がハネます。
不可逆――。
そう、「工場」は二人の子を喰ってしまいました。(少年の)イメージが「現実のモノ」となります。
「うわっ。」
――鉄のフックで(逆サマに)吊り下がった「人の剥き身」。すっぽり「白いヒト」が触診して、ブランブラン(揺れて)。
こっちで「ゴロゴロ」と輸送ぶのは、冷凍の――(アッ)人肉です。明らかに、食用化された「人体」。
「ひいっ。」
どれだけ叫んでも、絶叫足りません。口を押えても、込み上げます。
すぐ逃げようにも、まだ未成長い身体は震えて……。
コツコツ、ぴちゃぴちゃ……。向こうから(床に滴たる)赫い血を長グツで踏んで「白いヒト」の姿が――。
「裕、こっちだ。」
(功クン――。)
勇気を振り絞って、(何かの機械に上って)換気口へ身を隠します。
ゴトゴトゴト……。
ベルトコンベヤを「人の生身」が流通てきます。(切り落とされた)手首先、モモ肉、ムネ肉、ヒトの頭等の各ライン。
まっ漂白な従業員達が選り分けます。
下から射す明かりに(二人が)目撃たのは、まさに「解体」られようと……。
大のオトナが裸ん坊で立っています。弛緩剤を射たれて(脱力して)自動的に固定されます、涙しながら――。
子供の知らない「不文律」がございます。「ある罪」を犯したモノは、生きながらにして「工場送り」。
――なんと「吉川先生」と、体育の「小松先生」でした。二人とも「既婚者」。もう、御納得でしょう。(発覚後、PTAの抗議で)小学校を異動された(という名目)。
が、「真実」は御覧のとおり――。
まずは、小松先生から……。赤く染まったコンベヤに四つん這いで、ゴトゴト……。(その先に)マルい回転刃。
「あばばばば。」
潜り抜けると、カラダが「各部位」に切断されます。おつぎは、……
「センセイっ。」
かれの声が漏れて、(白いヒト達と)ハダカの吉川先生の瞳が見上げました。
そして、(当然)捕獲まった二人の少年は脱がされ、素裸にされます。
「功クン。」
(裕――。)
泣きながら、(無感情な)白いヒトに歩かされます。シャワーを浴びて、消毒液のプールへ――。
(……洗浄完了。)
小学生だろうと、「不法侵入」からには、お手手も御御足も切り分けられ(パック詰めされ)るでしょう。
「ううっ。」
老いも若きも、男性も女性も大好物な「食肉」に――。みんな幸福で「お肉大好き」「オイシイ、オイシイ」云われて、挽き肉や捏ね肉になって、モグモグと食事られるのです。
「お、おかあさん。」
そのとき、クイっと(二人の肩が)あらぬ方向へ差し向けられました。
(おかあさん。)
気が付いたら(背後の)白いヒトは、裕君の母でした。二人を脱出そうとします。
――少年等は、素足で駆け出します。行く手の窓ガラスに身を乗り出した、裕君。
「功クンっ。」
振り返ると、カレが――そこに居ませんでした。オレ達、ずっと親友だよな。
(功……。)
裕君は、(勢い余って)窓からソトの繁みへ落っこちました。
(は、走らなきゃ。)
とだけ、脳裡に過ぎります。泣きながら……。
「それからだよ。」
ボクが、「パック食肉」を喰えなくなったのは。
云わずもがな――人間の、(どころか)友人の「アイツ」の肉が混じってるかも知れないから、ね。
――と、伊藤裕医師は云った。